全体最適化と、部分最適化は、どちらが優れているのか?

例えば、腰痛に悩まされている方がいるとしよう。
その方は、腰痛を治すために、マッサージや整体に通っていた。だが、ある時、こんなことを言われてしまう。

「腰痛の原因は、身体の歪みです」

そうなのか…
その言葉を信じた彼の人は、ピラティスやヨガのトレーニングを開始した。だが、腰痛の症状は、一進一退を繰り返している。全体としては、良くなっている気もするが、その実感は薄い。

効果を求め、再び整体に通った彼の人は、アドバイスをくれた人に、今度は怒られてしまった。

「そういった、小手先の対策に逃げてはダメです」

そうは言っても、私は今この瞬間にも、痛みに苦しんでいる。小手先の対策に逃げて、この痛みから逃れることができるのであれば、それはそれでありじゃないのか?

マッサージや整体は、部分最適化の。
ピラティスやヨガは、全体最適化のたとえである。

全体最適化をよしとし、部分最適化を否定する、この手の議論は、企業が業務改善を行う際、もしくはDXにおいても、たびたび行われる。

だが、速効性のある部分最適化を求めるのは、NGなのだろうか?
そもそも、全体最適化と部分最適化は、どちらが優れているのであろうか?

 

部分最適化と全体最適化を巡る議論

以前、私は、大先輩のコンサルタントから、こんな議論を持ちかけられたことがある。

「君、部分最適化の積み上げは、最終的に全体最適化につながると思うかい?
もっと言えば、全体最適化へのビジョンなくして、ほんとうの意味でのカイゼン が実現すると思うかい?」

その方は、トヨタ生産方式のコンサルタントであった。ご自身も、トヨタ自動車や、関連子会社において、カイゼンの現場の最前線に立ち続けた方である。

なぜ、そんなことを問うのか?

私の疑問に、彼はずっと感じていたジレンマを語ってくれた。

彼は、4Sを起点に、PDCAを回し、トヨタ改善方式を伝道する、極めて王道スタイルのコンサルティングで、製造や物流の現場におけるカイゼンを主導していた。
彼のやり方は堅実である。彼の指導に従えば、効果はきちんと出る。事故は減り、品質は向上、労働時間の削減も実現してきた。

いいじゃないですか…

相づちを打った私に対し、彼は苦々しく、こう言った。

「そう、そこまではね。でも、私のチカラだけでは、やがて頭打ちが来るのです」

確かに、業務の無理と無駄をなくし、カイゼンを続ければ、ある程度までの業務改善はできる。だが、方法論とテクニックに頼ったカイゼンは、いずれ壁にぶつかると言うのだ。

「『なぜ、このカイゼンが必要なのか?』、そのビジョンを描くことができるのは、経営者だけです。
また、部門や業務の垣根を超えて、組織間にある摩擦やストレスを解消し、全社的なカイゼンをコントロールできるのも、経営者です。

ところが、多くの経営者は、私に頼めば、すべてが解決できるものと思っています。私にできるのは、業務ごと、もしくは組織ごとに存在する課題に対する部分最適化です。
全体最適化を主導できるのは、私ではなく経営者ですし、そうあるべきだと思っています」

 

サイロ化、部分最適化がもたらす課題の例

DXを議論する上で、たびたび登場するのがサイロ化である。

サイロ化とは、部門などの組織が、自組織だけの最適化や利益の最大化を目指し、独自の業務フローやシステムを導入することを指す。

サイロ化は、DX推進の障害として、紹介されることが多い。
企業内で孤立化したシステムやビッグデータは、他部署が利用したり、接続しようとすると障害になるケースがある。結果、サイロ化したシステムがもたらす利益は、問題の組織内に限られ、全社的には利益創出どころか、改善や変革の足かせとなることすらある。

だが、実際の現場では、組織独自にソリューションを求めるケースも多い。
例えば、営業の効率化を目指し、名刺管理システムの導入を検討しようと計画した営業部があったとしよう。だが、組織の規模が大きくなればなるほど、組織間の意思統一は図りにくくなる。

「だったら、うちの営業部だけ、導入しちゃおうよ。だって、しょせん名刺管理システムだし」

こうして、各営業部が、おのおの勝手に名刺管理システムを導入したらどうなるか?
せっかくの顧客データベースも、組織間で分断されてしまう。

松重豊さん演じる営業マンが、「教えてよぉ~」とコミカルに嘆く、某名刺管理システムのCMが、サイロ化によって現実のものとなるのだ。

 

全体最適化の課題

全体最適化にも課題はある。

最大の課題は、「遅い」ことであろう。
先の名刺管理システムの例を挙げるまでもない。関係各所の要望を聞き、最適な解決策を立案するのは、かんたんなことではない。

そもそも、プランニングの段階で、全体最適化としての最適解を導くことが可能なのかという課題もある。

また、全体最適化には、ジレンマがある。
全社的な最適解を見出そうとすれば、それは最大公約数になりがちだ。関係する組織Aにとっても、組織Bにとっても、最適解ではなく、次善の策、もしくは次々善の策となるケースだってある。
「組織にとっての最適解を見出そうとすれば、サイロ化を選ぶべきである」、というのは、乱暴ではあるが、正論になりうるケースもあるのだ。

昨今、ビジネスのスピードは、ますます加速している。
スピードを伴わない経営は、時として命取りにもなりうる。

全体最適化がもたらす改善であり、変革は、確かに調和の取れたものとなるかもしれない。
だが、スピードに欠けた全体最適化がもたらす結果は、凡庸で、かつ競争力にも欠けるものになりかねない。

 

トヨタ生産方式による「カイゼン」は、全体最適化?、それとも部分最適化なのか?

冒頭の、先輩コンサルタントのエピソードに戻ろう。

先輩コンサルタントは、自身の行う、トヨタ生産方式に基づいたカイゼン活動を、部分最適化であると断じた。
では、トヨタ自動車自身が行う、トヨタ生産方式も部分最適化なのだろうか。
だとすれば、トヨタは、部分最適化の積み上げで、日本最大の企業に上り詰めたことになる。

答えは、先輩コンサルタント自身が語っている。

「『なぜ、このカイゼンが必要なのか?』、そのビジョンを描くことができるのは、経営者だけです」

トヨタ生産方式の実践は、小さなカイゼンの積み上げの結果として、大きなカイゼンを生み出すことにある。その意味では、まさしく部分最適化かもしれない。

だが、その実践は、経営者が掲げたビジョン(もしくは中長期の経営計画、経営戦略など)に基づいて実施される。
つまり、部分最適化の足並みをそろえるルールとして、ビジョンが存在するのだ。

だが、ビジョンはあくまでビジョンであり、設計図ではない。
例えば、経理部門における業務変革に挑もうとする者に対し、詳細な手順まで、ビジョンが示すことはないだろう。

私は、トヨタの社内事情について、詳しいわけではない。だから、トヨタに限った話ではなく、一般論なのだが。

改善や変革を実現できる(もしくは「実現してきた」)組織には、ビジョンなどで表現される、改善や変革に挑む際に、守るべき基本ルールが存在する。
その上で、現場にはある程度の裁量権が認められている。現場では、与えられた裁量の範疇において、基本ルールを遵守して、改善や変革を進める。

そして、大切なのは議論することだ。
今手掛けていることが最適解なのか、関係者が議論し、そして常に考え続けることで、よりよい改善や改革を導くのだ。

組織単体での事情を鑑みた場合、全体最適化は、時として部分最適化に対し、劣る可能性があることは、すでに述べた。
だが、議論を重ねることで、組織単体での最適解と、全体最適化の解としても導かれた、最大公約数のギャップを、うめていくことができる可能性が生まれる。

 

大切なのは、全体最適化と部分最適化バランスと順番

部分最適化をスタートに据えた場合の、改善/変革プロジェクト進行イメージ

結論を言ってしまおう。
全体最適化と部分最適化は、車輪における両輪のような関係にある。
どちらも必要であるが、そのバランスを欠いてしまうと、例えば先輩コンサルタントがジレンマを感じたような、いびつな結果が生まれてしまう。

多くの企業、もしくは改善/変革プロジェクトにおいて想定されるであろう、部分最適化を起点としたプロジェクト進行イメージをまとめた。

まず最初にあるべきなのは、ルールの設定である。
これは、経営ビジョン、経営戦略など、大きな絵図を描くことも必要だが、プロジェクト進行の際に有用となる、もう少し詳細なルールも別途定めておくことが理想だ。

詳細なルールの例を挙げておこう。

● ROI(費用対効果)や採算性など、コストと売上、利益に関係するルールの例
○ 投資コストの回収期間は、1年以内であること。
○ 採算分岐点は、1.5年以内にクリアできること。

● プロジェクトの進行に関するルールの例
○ プロジェクトリーダーないしスクラムマスターは社員が務めること。
○ プロジェクトが全体最適化に寄与しているかどうか、3ヶ月に一度、関係者を募ったミーティングを実施すること。

● プロジェクトの企画に関するルールの例
○ 顧客起点の視点を忘れず、すべてのプロジェクトは顧客の利益につながることを条件とすること。
○ ゼロスタートはNG。既存の業務、もしくはビジネスをひとつ以上含んでいること。

プロジェクトの進行は、基本的に各組織に委ねられる。
だが、サイロ化の弊害を避けるため、定期的にチェックを兼ねたミーティングを行うことは必須だ。プロジェクトの主体者はもちろんだが、他部門も参加し、プロジェクトがルールを満たしているか、全体最適化に向けて障害がないか、もしくは全体最適化に向けて行うべき施策の確認、実施などをチェックする。

ここで大切なのは、ミーティング参加者が自部門への利益誘導をいったん忘れ、ルールの遵守と、全体最適化について、公平で責任のあるジャッジすることである。

その上で、必要に応じ、全体最適化のためのサブシステム、もしくは別システム(※この場合のシステムは、プログラムに限らず、業務プロセスの策定等、「仕組み」の意味)を構築することも求められる。

こういったプロジェクトにおいて、システム開発により適切なプロジェクト進行手法は、ウォーターフォール型ではなく、アジャイル型であろう。

参考:
「DXを進めるには」、DXプロジェクト推進のポイントを考える ~ 【連載】 「私たち」のDXを考える #4

アジャイル型開発を行う上で、部分最適化と全体最適化のバランス調整を行うのは、スクラムマスターの力量にもかかってくる。
スクラムマスターとは、アジャイル開発において、社内外のプロジェクトメンバーをまとめ、関連する他プロジェクトとの調整を行う役目を担う。
スクラムマスターが、自組織への利益誘導に偏れば、当然、プロジェクトはサイロ化へと傾いてしまう。

 

全体最適化と部分最適化に関する議論は、業務改善や変革、もしくはビジネス創出を行う上でも、必ず必要となる視点であると、私は考えている。
あえてここまで、DXに特化した議論は避けてきたが、本記事のまとめに代えて、DXにおける全体最適化と部分最適化について考えておきたい。

DXにチャレンジしようという企業において、DXを成し遂げた将来の自社の姿、もしくはDX実現に至る道のりの細かな道程を、きちんとイメージできている企業は、おそらく皆無であろう。

DXというハードルは、それほどまでに高い。
暗闇の中を、手探りで歩いているような心もちの企業もあるかもしれない。

全体最適化と部分最適化のどちらが優れているのか?

この議論は、DXが求められている今だからこそ、価値がある。
DXを進行する上では、ぜひ全体最適化と部分最適化のバランスを自問自答し続けることが有効だからである。

もうひとつ大切なこと、それは経営者がきちんとビジョンを示すことである。
企業が最終的に目指すべきことは、部分最適化ではなく、全体最適化であることは明らかだ。だが、全企業、もしくは全世界に共通するような、絶対値となる全体最適化の解など存在しない。

あなたの企業における、全体最適化の解は、経営者が描くビジョンが導くものなのだ。

部分最適化の弊害であるサイロ化や、不十分な全体最適化など、多くの課題は、ビジョンの欠如や不足に起因している。

繰り返そう。
改善、変革、ビジネスの創出、そしてDXの実現のためには、経営者がきちんとビジョンを示すことが欠かせないのだ。

 

 

ライタープロフィール

坂田 良平

坂田 良平

Pavism代表。 一般社団法人グッド・チャリズム宣言プロジェクト理事、JAPIC国土・未来プロジェクト幹事。 「主戦場は物流業界。生業はIT御用聞き」をキャッチコピーに、ライティングや、ITを活用した営業支援などを行っている。 筋トレ、自転車、オリンピックから、人材活用、物流、ITまで、幅広いテーマで執筆活動を行っている。