~これまでのあらすじ~
TOARU株式会社で働く、人事部主任の館林、財務部課長の内藤、経理部部長の関口といった三人らが主人公。彼ら・彼女は、テレワーク期間中、社内のチャットシステム上での交流がきっかけとなり、意気投合し合う仲になった。三人が集う場所は、遊休資産が眠る、“視聴覚室”。
その一方で、主人公の一人である財務部課長 内藤アヤカは、高齢の男性部下ミズノ氏と共に、Z地方にある倉庫へと赴いた。そこには、以前、工場として活気づいていた頃の機材や機械、部品類が眠り、二人は、これらに再び、息吹を取り戻してもらうため、動き出そうとしていた。方向性としては、Z地方との融合性を取り入れた、真の意味での“資産有効活用”。内藤は、Z地方の雇用創出を創案し、人事部主任の館林にも相談を始めている。経理部部長の関口の部下であるA課長も、内藤らが手掛けている、Z地方のプロジェクトについて、興味を持ち始めているようだ。
シニア社員ミズノ氏。経理部A課長とのエピソードを語る。
某日AM8:50。TOARU株式会社のオフィスは、すっかりビフォーコロナの頃の様相に戻りつつあるようだ。多くの社員がテレワークにも飽きたのか、昭和時代の頭を持つ上司の存在故か、出勤モードに切り替わっている。
そのような中、シニア世代の財務部 嘱託社員ミズノは、社屋前の花壇の前で、しゃがみこんでいた。軍手をしている右手でスコップを持ち、彼の左脇には、ポリバケツがある。花壇の手入れなのか?
「おはようございます!ミズノさん、いつもありがとうございます。次のお花の植え替え準備ですか?テレワーク中も、ミズノさんが、時折、ここの花壇の手入れをされていると・・・伺いました」。
出勤途中でミズノに声を掛けるのは、財務部課長の内藤アヤカだ。ミズノの脇にて、同じ姿勢で花壇を前にしゃがみこんだ。
ミズノは、首にかけているマフラータオルで、額の汗を拭きながら、内藤の声に応えようとする。社屋とは反対の位置から、スズメではなさそうな、小鳥のさえずりが微かに響いた。
「内藤課長、おはようございます。まあ、テレワークといっても、私は嘱託で仕事量が少ないですからね。ただ、実は私だけではないのですよ。花壇いじりをしている人は、経理部のA課長さんという女性がいらして・・・」
以外にも、花壇の世話をしているのは、ミズノだけではないのか?なんとなく興味を持つ内藤。ミズノの話の続きに耳を傾ける。
「なんでも、経理の関口部長さんの部下の方らしいですよ。関口部長さんも、以前、この花壇で私に話しかけてくれました。私は、花壇の世話など、それほど好きではないけれど、どなたかがこうして、興味を持ってくれることが、楽しいだけなのに・・・A課長さんは違うのですよ」。
ミズノは、一つ深呼吸しながら、空を見上げる。今日も晴れている。内藤も一緒に見上げるも、眩しいため、すぐに瞳を花壇に落とす。
「ちょうど、その位置ですよ・・・内藤課長が視点を落とされた所に。経理部のA課長さんはですね・・・」
どのような話の展開になるのだろう。ミズノの話に、じっと聞き入る内藤。また、マフラータオルで額の汗を拭くと、ゆっくりと口を開く。
「内藤課長も、ここを“花壇”だと認識されているでしょう?私もそうです。でもですね。経理部のAさんは、この地点に小さな杭を差し込んだのです。よく、ご覧になってください」。
内藤は、ミズノの話通りに、今一度、“花壇”の中身を確認した。空を見上げて、眩しいがために偶然自身の瞳を落とした地点。そこには、杭というよりも、小さな芽のような印象を受ける、紙縒りのようなものが刺さっていた。ようやく、気づくほどの大きさだ。
内藤の様子に気づいたのか、ミズノは説明する。
「A課長さんにとっては、この場所は“花壇”ではなく、“将来的に価値を生むスペース”といった位置らしいです。さすが、経理課長さんですね。なにか、斬新なアイデアでもあるのでしょうか。この“杭”は、その証らしいです」。
暫く、杭を見つめ続ける内藤課長。なんとなく、今日は前進のある一日になりそうな予感がした。
(経理部のA課長・・・)
心の中で呟く、内藤課長だった。
いつもの視聴覚室での風景。関口部長が懸念する、A課長の動向。
「すごい縁を感じるね~。その経理部のA課長と内藤課長って」。
PM12:40。視聴覚室中に元気な声を響かせるのは、ご多分に漏れず、総務部係長の館林ハルヒコだ。ランチを終えて、内藤、関口も一緒にいる。内藤は、開口一番に、花壇での出来事を皆に語っていた。ところが、出勤後に、内藤の周囲において、展開が更にあったようだ。内藤も、館林の声量に負けないくらいの、ボリュームで話をする。嬉々とした表情。マスク上の瞳からでも、容易に伝わってくる。
「ミズノさんと今朝、花壇でやりとりして、デスクに着いて、メールチェックすると、あのA課長さんから、メールが来ているのよ!“Z地方の倉庫の有効活用の件、興味があります”って!思わず、すぐに経理部に駆け付けようと思ったけれど、まずは、落ち着かないと・・・。
関口部長から、A課長さんの人物像を、差し支えない範囲でお聞きしたいと・・・」。
ところが、関口部長は神妙な面持ちだ。テンション高めな、館林、内藤らと同様のリズムで、会話を繰り広げようとしていない。どういうわけか、視聴覚室内を見渡し始めている。しかも、体を移動しながら、奥まったところまで、何かを点検しようとしている。二分ほど時は経過しただろうか?ようやく、関口が内藤の質問に応え始めようとしている。
「経費精算システム導入を皮切りに、彼女の洞察力の凄さが露わになったというか・・・正直、こわいのですよ。いままでの、彼女の印象から、想像出来やしません。悪く言うと、“あら捜し”のような気がして。『花壇は無駄!』ひょっとしたら、この視聴覚室も無駄に見えるかもしれない・・・女性ゆえのきめ細かさかですかね」。
珍しく、弱気な関口。自身の部下であるA課長について、愚痴を語り始める。ここは、内藤が黙っていないだろう。やはり、口を開くのは、内藤の方だった。館林は(待っていました!)といった表情で、二人の様子を眺めている感じだ。
「違うんじゃないですか?A課長さんは、私も上手く説明できないけれど、TOARUをもっと煌めかせたいのではないですか?“あら捜し”“女性ゆえのきめ細かさ”も、例のバイアスではないですか?」
内藤の声で、お開きモードになりそうな、本日の昼休み。的をもろに射た、内藤の意見が清々しく、関口の胸に刺さったようだ。館林も同様な笑顔で『それでは、また、明日~』。と手を振りながら、視聴覚室から、退散した。
花壇の上で図面を広げる・・・Z地方の未来が煌めく?
「久しぶり!Z地方の薫りが懐かしい。この倉庫にいい感じに浸透しているわね」。
内藤の声に微笑みながら、相槌を打つのは、ミズノ氏だ。無言で『そうですね~』とほほ笑みかけながら、年下上司の内藤に同意を表す。今日は、もう一人、ゲストがいる。そう!経理部のA課長だ。
恐らく図面なのだろう。彼女は大きな模造紙を片手に持ちながら、倉庫内を観察し始め、しだいにZ地方を一望しようと、外にも駆け足で向かっていった。そんな様子に反応するミズノと内藤。内藤はミズノに発言を譲る。
「脇に抱えている模造紙は、Z地方の図面が描かれているのですか?さすが、事前準備が宜しいですね」。
決して冗談での問いではない、実直なミズノはA課長に尋ねる。天候は曇りがかっていたが、徐々に晴れ間が見えるのか?空が明るくなりだした。A課長は、ミズノの問いに応えようとする。
「今日は、私までお呼び頂き、ありがとうございました。経理の立場で、出張費も捻出してもらって、何とか成果を出さないとですね~。それと・・・これ図面?ではないですよ」。
A課長の発言に、ミズノと内藤は思わず顔を見合わせた。地図ではない?・・・二人はA課長のセリフの続きに耳を傾ける。
「Z地方は工業地域で、40年ほど前は造船も盛んだったそうです。現在は殆ど残っていないようですが。現在はもちろんのこと、他の業種で活躍されている人たちがいらっしゃいます。すみません。SNSを使って、Z地方の方々と交流しただけなので、ライブの声を取材したわけではありません・・・こちらをご覧ください・・・」
と言いながら、ようやくA課長は模造紙を広げ始める。ここは注目どころだ。内藤とミズノは紙面に向けて、目を落とし込む。そこに表れたのは・・・?
「杭?・・・錨?」
二人は、声を揃えた。足元から地面に向かって、二人の声が共鳴したような気がした。次には、風と共に潮の薫りも運ばれてきたようだ。
模造紙いっぱいに“杭”と思いきや、“錨”のイラストが描かれていたのだ。なぜ?ここは、質問するところだろう。A課長は、それを自然に察し、応える。
「Z地方の市章ですよ。この『錨』のマークは。港町、船をイメージしているのでしょう」。
内藤とミズノは、再び顔を見合わせ、互いに頷き合った。
(そうなのか・・・!)
花壇にA課長が差し込んだ“杭”。実は、このZ地方をイメージしたものなのか?二人の思案が聴こえたかのように、A課長がZ地方に向かって、声を発する。
「この位置からではなくて、降りてZ地方へ向かいませんか?『錨』はアンカー(杭)でもあります。人はそれぞれのこだわりや価値観をアンカーにして、日々、生活しているかもしれません。まずは、Z地方の方々の多様な“アンカリング”に触れてみませんか?」
透明感のある優しい響きで、提案するA課長。もちろん、内藤とミズノに異論はなかった。
次回へ続く
“アンカリング”は、悪い意味のみならず、その人の価値観・こだわりを表すこともあります。
Z地方の市章『錨』。人それぞれの多様性があり、ゆるぎない『錨』に触れることで、TOARU株式会社とZ地方、双方が共鳴し合い、倉庫のみならず他の遊休資産も価値あるモノ・空間に生まれ変わるかもしれませんね。
次回は、このプロジェクトを踏まえた、人事制度をテーマにストーリーを展開させていきます。
お楽しみに!
田村夕美子