~これまでのあらすじ~
TOARU株式会社で働く、人事部主任の館林、財務部課長の内藤、経理部部長の関口といった三人らが主人公。彼ら・彼女は、テレワーク期間中、社内のチャットシステム上での交流がきっかけとなり、意気投合する仲になった。三人が集う場所は、遊休資産が眠る“視聴覚室”だ。
その中で、主人公の一人である財務部課長 内藤アヤカと、シニア層の男性部下ミズノと経理部長 関口の部下であるA課長といったメンバーらは、Z地方にある自社所有資産である倉庫に息吹を取り戻すため、プロジェクトを展開しようとしていた。
Z地方の市章である“錨”をテーマに進めようとしていたが、何度かZ地方を訪れた中で、“白い家”にて、地元の人々が、謎の物質“ダイヤモンドダスト”の発掘に精を出している姿に刺激を受ける。
これが契機となったのか、メンバーの一人である、A課長が突然の退職。なんと、この“白い家”で、Z地方の方と共に“ダイヤモンドダスト”の発掘を進める日々を送っているのだ。
こうした一方で、TOARU株式会社では、高額で機能性の低い人事考課システムを導入しようとしていた。誰でもが想像できるような、公正ではない取引だ。主人公である三人も含めた組織内の人間が“芝居”を続けながら、目をつぶり続けるのか?それとも、何らかの行動転換に移るのか?・・・
財務部課長 内藤アヤカの意向
「館林さん、ちょっと、いいかしら?」
ノック音と共に財務部課長内藤アヤカが、人事部係長 館林ハルヒコの元に訪れた。ここは、彼がデスクを置く、人事部のオフィス内。ちょうど、眠気が来訪しそうなPM2:45。彼女は、チャットやEメールといった通信機能を活用しない、対面での話をしたいようだ。ノック音は、何となく力強さが感じられた。館林は、部下らに『ちょっと、出てきます・・・』といったサインを送って、人事部のオフィスから出る。換気タイムと重なったのか、冷たい風が感じられるが、おかげで、なんとなく気持ちが引き締まったようだ。
内藤の目線は涼しく鋭い。マスク越しなので、強調される。疑いもなく、シビアな話題をしたいことが見て取れる。館林は、内藤に軽く会釈をした後、じっくりと話しを聞く態勢になった。内藤の口元の白いマスクが小さな波を打ち始める。耳を澄ます館林。これから、どんな展開になっていくのだろう。
「私、人事部に異動願いを出そうと思っているの。その前に、館林さんに下話しようと思って・・・」
館林に向かって、静かに話しだす内藤。館林は驚くも、実はそれほどの衝撃は感じていなかった。なぜなら、責任感が強く、それに相応しい地位にいて、性格の面でも実直な内藤課長が思いを口にするという場面は、ほんの僅かでも現状を良くしたい、前進させたいと、思っている人であれば、ごく自然に見えるからだ。内藤課長が多くを語らずとも、館林は知っていた。彼女が何をしたいのかを・・・。
「財務部は“結果”を示す担当なの。どれだけ、資産負債、自己資本が増減したのかって、それは、社員らの過去の活動が大いに影響しているってことでしょ?人事は、未来に向けて、研修や人事考課などを通して、人材育成に取り組んでいるでしょ?それは、やがて、“TOARU”の企業価値向上に繋がっていく。結果がどうかよりも、将来に向かって取り組んでいる、人事部に異動したいと思ったのよ」。
館林は、静かにほほ笑む。なぜなら、内藤の言葉は、自然と人事部機能を認め、自身の役どころを探すようなメッセージがふくまれているからだった。館林の心中にそんな思案が駆け巡っている時だった。
内藤から、思わぬ言葉が発信された。
「Z地方のスターダスト採掘と高額な人事考課システムの導入って、いやな予感がするくらい、これから、似てくる存在になりそう。館林主任、おこがましいけれど、私の知財を活用して頂く場はないかしら?」
本音が入り混じったような内藤のセリフを耳にした館林は、自然と素直に笑顔になる。こんなありきたりな表現が、似合うか、似合わないかは別としても、とにかく、大いに共感できることだからだ。
経理部部長 関口ミツルと財務部 ミズノ
社屋の界隈は木枯らしが吹き始めている。冷たい風は通常、埃と共に吹きすさぶが、時折、クリアな空気を取り込んでくれることがあるのだろうか?職員玄関前にある花壇の前にシニア層のミズノと経理部部長の関口が話し込んでいる。話の先手を取ったのは、ミズノの方だ。
「あれを見てください。さすがに色褪せて、朽ちてきましたが、小さな“杭”が刺さっているでしょう?経理部のA元課長がおやりになったのですよ。何でも、『将来、価値を生む場所』。とおっしゃっていたのです。私ゆえの凡人な発想かもしれませんが、元課長さんの思いだったのでしょう」。
しみじみとした表情で、時折、目線を上に向けながら、当時のことを語るミズノ。関口は花壇を前にして、ミズノの言葉と共にA元課長について思い出していた。
関口は、どちらかと言えば、かつて部下であったA元課長に対し、違和感を覚えていた。というより、協調性が欠けているといったレッテルをつけ、好印象を持っていなかった。こうした思いをミズノは感じているから、この花壇を関口に見て欲しかったのか?
関口は、返す言葉を探そうとするも、なかなか見つからない。そんな気持ちにミズノは気づいたのか、再び口を開く。
「本質的なところに“杭”を留めているか?Z地方の市章である“錨”も杭です。A元課長さんの居場所として、Z地方はフィットしたのでしょうか?つまり・・・」
と、ミズノが言葉の続きを話そうしたその時だった。強い突風が吹き荒れ、小さな竜巻になり、花壇を囲んだ。その風の勢いにより、“杭”が飛ばされてしまったのだ。思わず、声を上げる二人。
「あ!!」
一瞬の出来事。しかしながら、“杭”といった物体が目の前から消えたとしても、二人の間では、十分に、記憶として強く印象付けられたのか?もちろん、同じ男性、同じ“TOARU”の社員といった括りで、同じ思いになることなど不可能ではあるが、何となく、お互いに、共通価値観があぶりだされたように思えた。
ここで、ようやく言葉を口にしようとする関口。風もやんでいる。ミズノは、“杭”の他、今や彩のある花が一つもない花壇を見つめながら、これから聴こえてくる、関口のセリフに耳を澄ました。
「明日の昼休み、ミズノさんも、視聴覚室にお越しになりませんか?人事考課システムの件で、ちょっと、良いアイデアが浮かんだので・・・」
ミズノは、笑顔の表情を関口に見せながら、無言で頭を縦に振った。
視聴覚室でのいつもの風景。
「次の会議で、スタンダードな質問を経営陣にぶつけようと思っています。人事考課システムの導入目的と今後、期待される効果について、経営陣であれば、即答できるはずですから。ありきたりですが、原点はここでしょう」。
視聴覚室でのいつもの”風景“がスタートする。本音と本質が共存する世界の中で、本日の意見を最初に発信するのは、TOARU株式会社の中でも上層部に位置する、経理部長の関口ミツルだった。ここに関口の”アイデア“が含まれているのか?
その彼のセリフにある響きを、自然に共鳴しあうのは、もちろん、財務部の内藤と人事部の館林。そして、内藤の部下でもある、財務部のシニア部員ミズノの姿もあった。
マスクを口に当てるのがスタンダードになったくらいの世情の中、まさに組織の本質を機能する上で、当たり前すぎるセリフを発信した関口。他の三人はもちろん笑顔。もちろん、彼ら彼女らにとって、その表情は自然なのだが・・・
「関口部長、そうですよね。そんな、当たり前な質問を会議で放ってください。ここで、うやむやにシステムが導入されれば、ここの視聴覚室も、Z地方も本来の輝きを失います」。
淡々としながらも正論を述べるのは、財務部課長の内藤だ。周囲の誰しもが、ひょっとしたら、この視聴覚室に存在しえない精霊たちも、同意するのではないだろうか?
「いいですね。コーヒーでも、煎れましょうか?」
こんなしゃれた発言をするのは、もちろん、シニアのミズノだ。ここは視聴覚室。コーヒーを煎れる場などあるのだろうか?続いて、またもやミズノが言葉を発する。
「コーヒー煎れる間に、どなたか演奏できませんか?」
皆が笑う。“演奏”とは人工的な楽器を奏でる意味ではい。本意については、ここのメンバーが解ること。だから、皆が笑っているのだ。
次回へ続く