~これまでのあらすじ~
TOARU株式会社で働く、人事部係長の館林、財務部課長の内藤、そして、庶務部の備品管理室長(元経理部長)の関口といった三人らが主人公。彼ら・彼女は、テレワーク期間中、社内のチャットシステム上での交流がきっかけとなり、意気投合する仲になった。三人が集う場所は、遊休資産が眠る“視聴覚室”だ。
内藤とシニア層の男性部下ミズノ、経理課のA課長といったメンバーらは、Z地方にある自社所有資産である倉庫に息吹を取り戻すため、プロジェクトを展開しようしたが、何度か現地を訪れた中、地元の人々が“白い家”にて、謎の物質“ダイヤモンドダスト”の発掘に精を出している姿に刺激を受ける。
メンバーの一人である、A課長はTOARUを退職し、“白い家”を身の置き場にして、ダイヤモンドダストの発掘作業に精を出していた。
“ダイヤモンドダスト”の正体はZ地方のアンカリングの位置でもあるのか?海底の奥底に沈む先人たちの無念を金属片と絡めたものだった。そして、姉妹都市“ディール”にて生活する人々は、そのダイヤモンドダストで形成された、人型ロボット達だったのだ。
A元課長は、TOARU所有の倉庫を占拠していた。そこには、信じられないことに、巨大な穴が掘られ、まるでアリの巣のごとく、TOARUのオフィスや花壇、視聴覚室が繋がっていた。
何でも、生きている人間の細胞を組織化させ、次世代AIを創造する開発を進めていると言う。
真実なのか、幻覚なのか・・・?
さて、いよいよ最終回。クールアンサンブルの行動に注目しよう!
関口室長が行き着く先は・・・?
『あんたらは、TOARUの中で生きている社員の細胞を利用して、人工知能を作り上げようとしているのか!』
『いいえ』。
自身が正に体験した、真実なのか?それとも、幻覚か・・・?Z地方の倉庫の中で、元部下でもある、A元課長とのやりとりを思い出す関口室長。
彼女の『いいえ』の意味とは、すなわちTOARUの中で息づく細胞には価値がないということなのか?
今更ながら、応えを見つけようとするが、そんなことも、どうでも良い気がした。
TOARUが何であれ、どうであれ、当たり前だが、中の社員らがそんな出来事を知ったところで、個々の自身には変わりない。
Z地方の倉庫から、必死で逃げ出した関口室長。次に出る行動は、まともな管理職であれば、社に連絡するところなのだろうが、どのように出来事を話せばよいのか?真面目に悩む彼だった。
彼はまだZ地方にいる。ロボットであるはずのない、生身の人間である関口は、空腹やのどの渇きを感じていた。
辿り着いた先は、地元の寂れた居酒屋。古びているがどこか温かみのある色調のカウンター席に腰かけ、メニューを見ることもなく、お通しと日本酒の一合をオーダーしていた。スカイブルー色のボトルに入ったお酒のロゴは、Z地方の市章でもある“錨”のマークに似ていた。店主らしき女性が関口室長に声を掛ける。
「錨は味わいましたか?お兄さん、こんなの興味ありますか?」
女性は徐にしわくちゃなフライヤーを関口に渡す。
“丘の上でのソウルライブ”。何でも、TOARU所有の倉庫がある丘の上で、地元音楽家がライブを行うらしい。視聴覚室で呑気に楽器の手入れをしていたあの頃が懐かしい。もちろん、一過性の職務なのだろうが、好きでやっていた。こんな生活をあと2~3年続けることで、何を言われても構わない。
ふと、自身が抱いたあの時の気持ちを思いだしていた。
“倉庫の手入れなど、誰かがやってくれているような気がした”。
ひょっとしたら、こんなこと?ソウルライブ。視聴覚室の楽器が脚光を浴びるかもしれない・・・
ごくわずかではあるが、笑顔を浮かべる関口室長だった。
館林とミズノから観たTOARUの景色。
「これから、どうしますか?」
ミズノが呟く。その声はどことなく優しく、包容力があった。彼のこの声はどこで奏でられているのか?
視聴覚室?それとも花壇?
TOARUの姿は、今やどうなっているのだろう?関口がZ地方で体験したことが事実なのであれば、視聴覚室や花壇のみならず、他の経営資産も崩壊するような事態に陥っているはずだ。
ミズノの呟きに応答する相手は、館林ハルヒコだ。彼の瞳にTOARUの現状はどのように映っているのだろう?
「ミズノさん、どこかで我々は予見していましたよね。TOARUがどこか遠い存在になること」。
音楽事業にも手を出そうとして、失敗。経営規模を縮小しながらも、医療、食品、教育等々のあらゆる分野での販売やサービス提供を持続させ、黒字経営ではあったが、昔ながらの勇み足な経営スタイルが払拭されないばかりか、一部の役員が関係している企業を潤すために機能性の悪いシステム導入に踏み切った失態。
上層部のみが悪なのか?まあ、そのように結論付けるのが、一番楽だろう。でも、そんなことでは、つまらないと感ずる社員は僅少でも、存在するかもしれない。
「TOARUを将来的に高く買ってくれる人のために、私はもっと企業価値を高める行動を執る必要があるのでしょう。まともな経営陣が一人でもいるのなら、M&Aも視野にいれるはずです。勿論、それが正しい応えだとは、限りませんが・・・」
ミズノの語りに対し、館林は頷くばかりではなかった。
「視聴覚室や花壇。思いっきり、ぶち壊した人間はどこにいるのでしょうかね?ひょっとして、我々ですか?花壇にダイヤモンドダストを埋めたからですか?自爆作用があったのでしょうか。そうではなくて、もっと宇宙規模に影響を及ぼすような影響力を持ちたいと思っていましたが・・・我々の甘さを警告したかったのでしょうか」。
二人から見えた景色は、何者かがTOARUの資産をぶち壊したようにしか見えなかったようだ。
まあ、仕方ないだろう。それが、何らかの前進のきっかけになれば・・・救われるはずだ。
ディールにて奏でられる、クールアンサンブル。
「心地よい風。すごく気持ち良い・・・」。
内藤アヤカは満面の笑顔を浮かべている。彼女が話しかける相手は、オレンジ色の光沢輝くジャケットをまとっている人型ロボットだ。どこかしら、違和感があるが、何がどのように違うのか、多くの人は説明出来ないだろう。人型ロボットは生身の人間と区別がつかないくらい進化している。
ここはZ地方の姉妹都市。ディールの風景。
「内藤さん、ディール へようこそ。あなたはここに帰属する必要などありません。我々三人は多種多様です。個々で価値を生み出す行動を興し、未来に貢献すれば良いことなのです」。
こんな綺麗ごとで並べ立てた台詞を発するのはA元課長だった。でも、何となく自然体に聞こえる。ディール故だからなのか?
遠い背後から、ソウル色の曲が聴こえてくる。ドラミングに雑味があるが、情緒を含む。内藤はほほ笑む。誰が奏でているのか、ひょっとしたら・・・?関口室長?
でも、彼女は振り返らない。
「あなたの友人を創り出せる人材が存在する組織はこんなところかしら?」
内藤はリストを二人の前に差し出す。人型ロボットを創造するに相応しい、材料となる生身の人間の細胞。勿論、肉体などいらない。命など奪わない。あくまで知的細胞を掬い上げるのだ。全世界、ひょっとしたら、全宇宙にあるデータベースから組織名をピックアップしたのだろうか?
すると、次の瞬間にオレンジ色のジャケットを着用した人型ロボットが反応した。
「この企業はどうでしょう?多くの人が活き活きして、未来を見ながら仕事をしているようです」。
残念ながらそのリストの中にTOARUの表記はなかった。狙われない方が幸せなのか・・・?
内藤は、このディールで何を成すつもりなのか?まあ、それは彼女の人生。
これから奏でられる“クールアンサンブル”は、あなたの耳にどのように響くのだろうか?鑑賞するのも選択肢の一つだろうが、あなた自身が、心地よいメロディを刻むのも悪くないだろう。
~クールアンサンブル完結しました!~ 皆様、これまでお読みくださいまして、誠にありがとうございます。 あなた自身とあなたを取り巻く組織が、より良い未来を形成できるよう、前進しますように・・・ 又、どこかで会いましょう! 田村夕美子 完 |