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2017.06.08 掲載 2023.11.07 更新

民法(債権関係)改正の実務への影響vol.3「民法改正で導入される定型約款と、明文化されない隠れたルール」

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■債権法改正で、定型約款が使いやすくなる

債権法改正で、定型約款に関するルールが民法に明文化されました。
定型約款は、笑い話としての定義をすると、読む人のほとんどいない条項の集まりです。たとえば、ホテルにチェックインをして、居室で施設案内などを確認していますと、宿泊の約款(やっかん)が入っていたりします。もはや他のホテルに変更できない状態になって初めて、自分がした契約の内容を知るのです(※1)。
インターネットのサービスでは、利用開始前に、読み切れない量の文章への同意を求められたりします。切符を購入して鉄道に乗車するにも、実はたくさんの契約に拘束されています。運送に関する契約条項を読み終わるまで改札に入れないとなると、予定していた列車が出発してしまいます。(参考:JR東日本、旅客営業規則生命保険契約の全文を真剣に読まなければいけないのなら、そのことで病気になりかねません。
この定型約款に、契約としてどのような拘束力を認めるべきかは、色々な意見があります。
通常の契約と異なり、定型約款の条項は、事前に精査することがほとんどありません。旅客営業規則を読まずに鉄道に乗り、宿泊規定を確認するまえに宿泊の契約をします。この状態を、民法学者は、定型約款では「合意が希薄」である、と整理しました。
そして、導入された制度は、一定条件を満たす際に、定型約款を読んでいなくても、合意したとみなす、という仕組みです(改正後の民法548条の2)。
どの範囲まで定型約款での合意が有効かについて、消費者契約法10条は、民法などの任意規定による場合と比較して消費者の権利を制限し、義務を加重する条項は、一定条件下、無効となる旨を定めています。
これに対して、改正後の民法548条の2第2項では、民法の任意規定との比較ではなく、「定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして」判断することとなりました(※2)。民法の定型約款に関するルールは、消費者取引(B to C)のみならず、事業者間(B to B)にも適用されるため、取引上の社会通念を参照することは、より妥当な結論を導けると期待できます。
 

■経営者、営業担当に知っておいてもらいたい定型約款の2つのポイント

この民法で定める定型約款について、特に、経営者・営業担当者に知ってもらいたい2つのポイントを紹介します。営業をし、契約締結の条件面の交渉を主導する方に、覚えておいてもらいたいことです。
1.定型約款の内容を取引相手に知らせるべき義務
定型約款を準備した側(特定の者)が、取引相手から契約前に定型約款の提示を求められたのに、提示を拒否した場合、定型約款の条項について、その取引相手は合意したことになりません(改正後の民法548条の3第2項)。
そのため、自社の定型約款の用紙やURL、PDFファイルなどへ簡単にアクセスできるようにし、契約前の取引相手から請求があった際には、契約締結をする前に提供できるようにしておいてください。
定型約款の内容を有効に契約に組み込むには、要求された際の約款内容の提示が必須です。まずは電子メールにURLを明記して送信することでも十分です。
2.定型約款の一部の条項を事後的に変更できる条件
改正後の民法では、定型約款を有効にする条件のみならず、定型約款を変更できる条件も定めています(改正後の民法548条の4)。
一定条件下で、相手方の合意なしに、定型約款の内容を変更できます。立法までの審議の過程をみると、経済界の要望に応じて、ギリギリまで規制が緩められており、定型約款を利用したい側としては、利便性の高い規定となりました。逆に、事後的な変更の仕組みを悪用したと解釈されないよう、慎重な運用が求められます。
相手方の合意なしに定型約款の変更ができるのは、第1に、相手方の一般の利益に適合する場合です。第2に、定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、変更に係るその他の事情に照らして、合理的なものであるときです(改正後の民法548条の4第1項第2号)。
定型約款に関する「隠れたルール」として、不意打ち条項があります。当事者にとって予測の難しい内容の条項は、不意打ち条項として、定期約款による「みなし合意」に含まない、という考え方です。
この論点は、衆議院法務委員会で取り上げられ、日本共産党の藤野保史議員の質問に対して、法務省民事局長が次のように答弁しています。
「いわゆる不意打ち条項でございますが、「定型取引の態様」という文言を入れたという点から見ましても、改正法第548条の2第2項の規定によって排除され得る」と考えられています(2016年11月25日衆議院法務委員会)。
当事者に不意打ちとなる内容の条項は、定型約款による合意内容に含まれなくなる可能性が高い、ということです。
この定型約款の事後変更については、「契約をした目的に反しない」という要件に注目します。たとえば、安価にお泊まりいただきたい、という契約目的であれば、宿泊施設の設備を減少する約款変更も合理的と思われます。安全な運送が目的であれば、運送環境の変化に応じて、安全性確保のための遅延を導入するための約款変更も合理的でしょう。
契約目的と整合的な定型約款の変更は、当事者に対して不意打ちになりにくい点で安定的なのです。このように、ビジネスや契約の目的を、法務の仕事に上手く結びつけていきたいです。
 

■契約書の内容と取引慣行とが事後的に変化するとどうなるか

民法改正の影響を検討する際には、不意打ち条項の禁止のような「隠れたルール」への注意の他、契約内容と現場の取引慣行のずれにも、注意が必要です。原則的に、民法の任意規定で求められる品質や権利義務と、個別の契約内容で合意した品質や権利義務の特約とでは、特約がより優先して判断の基準となります。
それでは、現実の慣行と、契約内容が相違してきた場合や、当事者間の合意内容よりも契約内容が多面的で詳細であった場合、契約による合意はどう解釈されるでしょうか。
vol.2「経営者・営業のための債権法改正の重要ポイント」で紹介をした企業の契約観2 では、契約内容の全体については、契約書の文言の表示を重視する、という表示主義的に解釈しようとします(※3)。
民法(債権関係)改正の実務への影響vol.2「経営者・営業のための債権法改正の重要ポイント
営業担当者は法務の詳細なルールを把握せず、商品の品質と料金の関係を中心に合意形成します。営業担当者は、企業が用意している契約書のすべての条項を理解はしていないことが多いため、このような場合には、合意内容を深く探求していくのではなく、契約書の表示を中心に解釈していくべき、という考え方です。
しかしながら、取引の現場では、契約書の内容に従わず、独特なルールが発生し、現場特有のルールでの取引が継続する場合があります。契約書上の品質と、取引の現場での品質やその確認が異なってしまう場合です。この現場特有のルールが取引の慣行になっていると、契約書に定められた権利を行使できなくなることも生じ得ます。
取引の現場での慣行に従えば良いという独特なルールについて、相手方の信頼を保護すべきかどうかが、重要な論点となるでしょう。たとえば、継続的な取引を前提として、相手方がした投資は保護されるべきではないか、といった議論がなされています。継続的取引の解除の要件という論点で、無条件で解除できるという特約がされていても、裁判所の判断により解除に制約がなされる例です。
また、「隠れたルール」として、「契約責任の拡大」が議論されており、その多くは今回の債権法改正では明文規定とならず、解釈に委ねられることとなりました。とはいえ、今回の債権法改正の作業により、契約責任の拡大についての理解が深まったことから、判決で採用される可能性は高まっています。
今回の民法改正では、定型約款のような新しいルールと、明文化はされなかったけれども議論が熟成した「隠れたルール」の両方が影響力を持っています。
次回以降、隠れたルールで重要性の高い契約責任の拡大や、売買・請負・委任の契約不適合という概念について、ご紹介していきます。
 


 
※1 下記参考文献(3)道垣内pp.222-226
※2 下記参考文献(5)潮見pp.202-208, 下記参考文献(6)契約編pp.50-51
※3 下記参考文献(8)小林pp.26-29 契約観に関する本稿での表記は、小林先生の表記通りではない。
参考文献
民法と、改正に至る方針・試案や法案との関係がわかる書籍を紹介します。
(1)債権法改正の基本方針 内田貴『債権法の新時代』(2009.9,商事法務)
基本方針の概要、諸外国の民法改正の動向に対する危機感などがわかりやすく説明されています。
(2)債権法改正の基本方針 潮見佳男『基本講義 債権各論〈1〉契約法・事務管理・不当利得』(2009.12,第2版,新世社)。
通説の代表的教科書で、本文中で適宜「債権法改正の基本方針」(民法(債権法)改正検討委員会の試案)の方向性について言及されています。
(3)中間試案 道垣内弘人『リーガルベイシス民法入門』(2014.1,初版,日本経済新聞社)
民法の入門書ですが、改正前民法の論点や通説を紹介したうえで、中間試案の方向性がコラム的に紹介されています。
(4)中間試案 中田裕康『債権総論』(2013.8,第3版,岩波書店)
債権総論の教科書で、中間試案の内容が紹介されています。
(5)民法(債権関係)改正法案 潮見佳男『民法(債権関係)改正法案の概要』
逐条的に改正法案の条文と解説が紹介されています。立法担当者よりも一段深い法解釈が示され、条文の書きぶりについて、立証責任との関係での意味なども紹介されています。
(6)民法(債権関係)改正法案 大村敦志『新基本民法 債権編・契約編』(2016.7,初版,有斐閣)
4債権編と、5契約編は別の書籍です。文献紹介も詳しい民法の入門書で、通説と論点が紹介されたあと、改正法案が紹介されています。改正法の条文番号は案○条なっています。
(7)改正法への批判 加藤雅信『民法(債権法)改正―民法典はどこにいくのか』(2011.5,日本評論社)
法学部教授で政府の審議会委員も歴任し、弁護士でもある加藤教授による批判書です。加藤教授は、衆議院法務委員会の参考人として招かれ、改正法の問題点を指摘しています。
(8)小林一郎「民法改正が映し出す企業の契約観」(特集 民法改正の評価・影響・対応),Business law journal 8(7) (通号 88) 2015-07 p.26-29

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ライタープロフィール

鈴木 健治

弁理士・経営コンサルタント
特許事務所ケイバリュエーション 所長 ・経済産業省産構審小委員会の臨時委員、(財)知財研 知的財産の適切な活用のあり方に関する委員会委員、日本弁理士会中央知財研究所 知財信託部会の研究員などを歴任。 ・平成18年信託法改正時に法制審議会信託法部会を傍聴し、日本弁理士会での信託法改正に関するバックアップとなる委員会の委員長を務める。 ・著書に「知的財産権と信託」『信託法コンメンタール』(ぎょうせい)、論文に「知材重視経営を支えるツール群に関する一考察(月刊パテント)」などがある。 ・お取引先の要望に応じて、市場調査、ブランディング、従業員意識調査の統計分析などのコンサルティング業務も手掛けている。中小企業診断士が主体の「知的資産経営(IAbM)経営研究会」会員。 公式サイト:http://kval.jp/

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