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2017.07.06 掲載 2023.11.07 更新

民法(債権関係)改正の実務への影響vol.4「業務委託などの契約に関する民法の(任意)規定は、どのような役割を持つか」

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■契約に関する改正民法の内容を知っておくべき理由

自動車を運転する際には、交通ルールを守ります。赤信号での停止や、制限速度の遵守などです。制限速度について「私は運転が上手だから制限速度+30キロ/メートルまで大丈夫」などと、勝手にルールを変更することはできません。
しかし、契約に関する民法の規定は、当事者の合意によって条文通りでないルールにすることができます。もともと「契約は自由にできる」というのが、民法のルールです(改正後の民法521条、91条)。
例えば、業務委託契約などで請負の場合、報酬支払時期は民法に定められています。「報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない」という規定です(民法633条)。しかし、これは絶対的なルールではありません。当事者間で、請負の中間報告時に支払うとか、月締めなどとして引渡日を含む月の1ヶ月後に振り込むなど、当事者間の合意により、別のルールにすることができます。
この契約で上書き(変更)できる民法のルールを、任意規定といいます。上書きした内容は、「特約」といいます。当事者の合意で上書きできないルールを、強行規定といいます。
強行規定は、例えば、非人道的な契約を無効とする民法90条(公序良俗)のような規定です。強行規定を上書きする特約を契約書に明記し、当事者が納得して捺印しても、強行規定に抵触する部分は無効になります。また、ビジネスでは、借地借家法や消費者契約法などの特別法による強行規定にも留意してください。
契約に関する民法の規定の多くは、任意規定です。任意規定は当事者の合意で上書きできます。そうすると、なぜ民法の規定内容を知っておくべきなのでしょうか?
民法の契約に関する規定の役割(※1)は、ざっくり3つあります。
(1)当事者の意思を補充する
民法の契約に関する規定には、当事者の意思を「補充」する、という役割があります。
請負に関する契約で、報酬支払時期を合意していない際には、上述した民法633条の規定の内容で約束したこととなります。
民法の契約に関する規定は、特約が無い場合に有効となる「デフォルト・ルール」であり、ビジネスの契約締結のための手間を省いてくれているのです。契約に関する民法の任意規定は、ソフトウエアの初期設定値のようなものなのです。
ですので、契約にいたる交渉に際して「あ、民法の規定通りで大丈夫だな」と判断した要素については、特段激しい交渉をして条項の文章化をしなくとも、望み通りの契約内容になります。民法の規定を知っている方が、交渉を楽に有利に進められるということです。
(2)合理性の判断基準となる
民法の条文は「合理的な意思をもっていれば合意するはずの内容(※2)」であり、合理性の判断基準となっています。
民法によるルールは、体系上矛盾なく、当事者間に公平なルールとして定められていますので、裁判官が当事者の意思を探求する際の判断基準になっています。
ビジネスの観点では、特に民法の任意規定は、契約内容について「相手方に対して譲歩をしたのか」それとも「譲歩してもらったのか」を判断する基準となります(取引慣行が優先する場合もあります)。
民法の規定を知っていると、「項目Aについては、民法のデフォルト・ルールよりも貴社に有利に譲歩させて頂いておりますので、項目Bの方は、今一歩のご協力をお願いできないでしょうか」などといった交渉ができるわけです。
(3)消費者契約法での参照(※2)
また、民法の典型契約(契約類型)に関する任意規定の内容が、直接に判断基準となる仕組みもあります。
例えば、消費者法10条は「民法などの任意規定が適用される場合と比べて、消費者の権利を制限したり、消費者の義務を加重する条項は、消費者の利益を一方的に害するときには無効である」と規定しています。消費者との契約では、民法の任意規定の内容が判断基準となり、企業側に有利な契約内容の部分が無効になるリスクがあるのです。
 

■業務委託契約に関係する契約類型の例

契約に関する民法の役割を確認したところで、次に業務委託契約を考えていきます。業務委託(アウトソース)は、総務・採用・人事・経理・IT・受付・イベント事務局など、業務遂行に一定の知識経験が必要な業務について、専門的な他社に委託することです。
委託をする企業は、その業務のために人材を確保する負担や、業務の品質を維持管理する苦労が軽減され、さらにコストを明確にすることができます。
業務委託は様々な対象や方法論がありますが、民法に「業務委託」という契約の類型はありません。業務委託は、売買・請負・委任のいずれかで理解できるか、または、これらが組み合わさった契約です。
大村敦志教授が、この民法の3つの契約類型について、取引の原型から出発する美しい理解方法(※3)を提案しておられますので、それに沿ってご紹介します。
まず、「何らかの行為を提供する」という契約の原型があります。この原型自体は、民法には規定されていません。
原型よりも、行為の結果が求められる契約が「請負」です(民法632条等)。請負ですべきこと(義務)は、仕事を完成させて、完成品を納品することです。建設、ソフトウエア開発などが請負契約を利用する代表例です。請負のデフォルト・ルールでは、完成品が契約内容に適合していれば良く、信頼関係は求められていません。
もちろん、業務委託など実際のビジネスでは、信頼関係が求められておりますが、それは民法のデフォルト・ルールにはなっていないのです。
今回の改正では、完成品の一般的水準からみた欠陥(瑕疵)に着目した瑕疵担保責任によるルールから、完成品は契約内容に適合しているかというルールに改正されました(改正前634条、635条削除、改正後の民法636条)。
請負という契約類型から、さらに結果物のみを求めて、結果物だけの取引をする類型が「売買」となります(民法555条)。今回の民法改正では、請負の結果物に関するルールと、売買のルールに関する規定が一本化されました(契約不適合への統一の他、例えば、売買に関する改正後の572条の規定を559条で請負に準用することとし、改正前640条を削除)。
そして、契約の原型から、結果物ではなく、一定の作業を行う約束が「委任」です(民法643条、656条)。委任とは、結果(物)ではなく、作業を提供する約束です。結果責任がない分、請負と異なり、当事者間の信頼関係が求められています(民法644条、645条から647条)。医療行為や、教育などが委任となる代表例です。
民法のデフォルト・ルールでは、最善の医療や教育が提供されたものの完治できず、目標校に合格できなかった、という結果になってもその結果責任は問われません。
これらを業務委託契約(アウトソース契約)の視点で見てみます。総務・受付・コールセンターのインバウンドなど、一定時間の活動で結果を数量で約束することが難しい仕組みは委任です。結果物のあるIT開発や経理は請負です。
契約の目的によっては、時間給的な業務部分を委任で、結果物の作成と納品の業務部分を請負で、アフターサービスの作業部分を委任で、という契約もあります。
業務委託では、委託元の企業の業務の一部を受託企業が行うため、民法の任意規定と比較して、受託企業から委託元企業への報告義務を特約とする事例などがあります。
 

■民法の条文だけでは分からない隠れたルール

今回、「民法の任意規定を契約で上書きできる」という視点をご紹介しました。まずこの任意規定の役割を把握いただいてから、具体的な改正の内容をチェックしていただきたいです。改正内容は、新しい強制的なルールではなく、新たな判断基準にすぎません。その多くは契約で上書きできます。また、消費者契約法等による強制的な義務が弱まったこともありません。
そして、改正内容の大きな柱の一つとして、「規定の一本化」があり、「売買・請負・委任での規定が一本化されたのだ」という点をまず押さえておくと、とてもすっきり感じられます。この一本化の視点からの改正内容の紹介については、ボリュームもありますので別の記事としていきます。
実は、ビジネスに影響する民法のルールとしては、民法の条文にはないが、判例・学説(通説)で認められている「隠れたルール」があります。
今回の民法改正では、判例の考え方を明文化していく提案がされましたが、明文化した際の実務影響への不安が示され、その提案の多くが採用されませんでした。その結果、隠れたルールがどのようなものなのか、情報収集しづらくなっています。
特に、契約締結する前に生じる責任は、契約を締結しなかった際に生じるものであり、契約で上書きできません。つまり、隠れたルールがそのまま適用される点で、契約で上書きできる任意規定とは違う怖さがあるのです。
ビジネス上の留意点として、端的には、契約交渉中は契約しない可能性があることを相手に知らせておき、契約交渉を原因として相手に損をさせないようにしておくのが安心、という趣旨のものです。
この隠れたルールは改正されなかったのですが、改正作業を通じて、判例をどう理解するかの整理がなされましたので、いままで以上に裁判で採用される可能性が出てきたので、知っておいていただきたい話題です。
ですので、次回は契約責任の拡大について、条文にない「隠れたルール」をご紹介します。
 
※1 下記参考文献(3)道垣内pp.115-124(契約の解釈と補充,典型契約を学ぶ意味など),下記参考文献(6)契約編pp.208-215(典型契約全体について「類型思考」を案内している), 同pp.51-53(売買を例に補充の解説がある)
※2 下記参考文献(3)道垣内pp.232-233
※3 下記参考文献(6)契約編p.152
※4 下記参考文献(6)契約編p.34。契約責任の拡大の全般については、下記参考文献(3)道垣内pp.226-236、下記参考文献(6)債権編p.104、下記参考文献(2)潮見p.6、下記参考文献(1)内田p.60
 
参考文献
民法と、改正に至る方針・試案や法案との関係がわかる書籍を紹介します。
(1)債権法改正の基本方針 内田貴『債権法の新時代』(2009.9,商事法務)
基本方針の概要、諸外国の民法改正の動向に対する危機感などがわかりやすく説明されています。
(2)債権法改正の基本方針 潮見佳男『基本講義 債権各論〈1〉契約法・事務管理・不当利得』(2009.12,第2版,新世社)。
通説の代表的教科書で、本文中で適宜「債権法改正の基本方針」(民法(債権法)改正検討委員会の試案)の方向性について言及されています。
(3)中間試案 道垣内弘人『リーガルベイシス民法入門』(2014.1,初版,日本経済新聞社)
民法の入門書ですが、改正前民法の論点や通説を紹介したうえで、中間試案の方向性がコラム的に紹介されています。
民法への明文化が断念された中間試案についても、条文に近い形で記載されているため、「隠れたルール」を把握する際にも有用です。
(4)中間試案 中田裕康『債権総論』(2013.8,第3版,岩波書店)
債権総論の教科書で、中間試案の内容が紹介されています。
(5)民法(債権関係)改正法案 潮見佳男『民法(債権関係)改正法案の概要』
逐条的に改正法案の条文と解説が紹介されています。立法担当者よりも一段深い法解釈が示され、条文の書きぶりについて、立証責任との関係での意味なども紹介されています。
(6)民法(債権関係)改正法案 大村敦志『新基本民法 債権編・契約編』(2016.7,初版,有斐閣)
4債権編と、5契約編は別の書籍です。文献紹介も詳しい民法の入門書で、通説と論点が紹介されたあと、改正法案が紹介されています。改正法の条文番号は案○条なっています。

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ライタープロフィール

鈴木 健治

弁理士・経営コンサルタント
特許事務所ケイバリュエーション 所長 ・経済産業省産構審小委員会の臨時委員、(財)知財研 知的財産の適切な活用のあり方に関する委員会委員、日本弁理士会中央知財研究所 知財信託部会の研究員などを歴任。 ・平成18年信託法改正時に法制審議会信託法部会を傍聴し、日本弁理士会での信託法改正に関するバックアップとなる委員会の委員長を務める。 ・著書に「知的財産権と信託」『信託法コンメンタール』(ぎょうせい)、論文に「知材重視経営を支えるツール群に関する一考察(月刊パテント)」などがある。 ・お取引先の要望に応じて、市場調査、ブランディング、従業員意識調査の統計分析などのコンサルティング業務も手掛けている。中小企業診断士が主体の「知的資産経営(IAbM)経営研究会」会員。 公式サイト:http://kval.jp/

鈴木 健治

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