民法(債権関係)改正の実務への影響vol.5「改正民法で明文化されなかった契約責任の拡大とは」

 

■民法(債権関係,債権法)改正として実現しなかった検討項目

今回の民法(債権関係)の改正では、検討されてきたのに、条文とならなかった事項が多数あります。民法に条文として明文化されなかったのは、大きく3パターンあります。

 

(1)特別法型

1つめは特別法型です。

労働基準法(厚生労働省)、借地借家法・住宅の品質確保の促進に関する法律(国土交通省)、消費者契約法(消費者庁)など、重要な強行規定が定められた特別法の内容について、民法に取り込むことは断念されました。特に、法務省の所管でない特別法は、引き続きそれぞれの省庁の所管であることが維持されました。

したがって、特別法で規律されているテーマについては、民法やその改正法よりも特別法による強行規定(契約で変更できないルール)のほうが、ビジネスの契約上、より重要です。

 

(2)濫用懸念型

2つめは濫用懸念型です。

民法が改正されなかった120年間の間に、裁判例や学説により、いろいろな判例法理が認められてきました。そして、法学者からこれらの判例法理を民法の条文(義務)として明文化していく提案がされてきました。例えば、「契約が成立していく過程における情報提供の義務」などが、条文に規定がなく判例・学説で認められているルールです。

民法の条文となると、「濫用(過剰な義務化)されてしまうのではないか」といった懸念が経済界から強く表明され、多くの判例法理について明文化が断念されました。

しかし、法制度は、原則と例外とを決めていく仕組みです。このため、「濫用懸念があるから例外規定を認めない」というロジックでは、法制度そのものが成り立ちません。

実際、民法学者は濫用懸念により明文化されなかった規定について、「背後に隠された実質的理由」の検証が必要と問題提起をしています(※1)。

このような明文化されなかった判例法理は、学説を通じて裁判への影響力があります。だからこそ、このような隠れたルールが重要なのです。

 

(3)対立型

3つめは、対立型です。

審議の過程で、通説・判例として確立しているとの合意が形成されなかったルールについては、かなり保守的に対立の強さが判断され、多くの条文化が断念されました。これらは、判例・学説の進展にゆだねられます。

また、民法に新しい典型契約を導入することも、今回の改正では見送りとなりました。業務委託契約、リース契約、フランチャイズ契約などです。

これら今回の債権法改正で条文として規定されなかった「隠れたルール」のうち、経営者・営業・総務・法務の新人の方などに、どうしてもお伝えしておきたいことがあります。

それは、契約責任の拡大という話題です。特に、契約交渉段階での義務です。

 

■契約交渉段階の隠れたルールを知っておくべき理由

契約に関する民法のルールは、明文化の有無にかかわらず、大半は任意規定であるため、民法のルールと異なる内容で合意することで民法によるルールを上書きすることができます。

しかし、ビジネスの交渉開始から契約締結前までに発生する義務は、契約締結前ですので契約で上書きすることができません。

すると、民法に明文化されているルールや、明文化されていない隠れたルールが当事者を拘束する基準となります。契約に至る前に、気づかぬ間に一定の責任が発生します。

だからこそ、例えば「契約前に情報を提供すべき義務」といった判例法理による契約責任の知識が重要となります。

業務委託契約の契約交渉に際しても、通常の契約と同様、判例法理による一定の注意義務があります。

正式な契約を締結する前に、交渉に入るための契約をすることもあります。

例えば、製品開発に密接な技術供与の交渉などでは、その交渉を開始する前に、交渉を開始するための契約をまず締結します。

交渉開始のための契約事項は、秘密保持義務、契約締結義務がないこと、共有される秘密を含む知的財産権の帰属、仮に受注する際に使用する材料などへの投資金額の負担割合などです。

ここまでシビアな交渉でなくとも、契約責任の拡大は判例・学説で認められている「隠れたルール」ですので、紛争を防止するために契約交渉の段階でも一定の責任が生じる可能性について、経営者や営業担当者に知っておいて欲しいのです。

 

■拡大された契約責任と、業務委託契約への影響

(1)誠実交渉義務(契約締結上の過失)

契約交渉段階の契約責任の拡大について、大村教授は「誠実交渉義務」と名付けています(※2)。

購入希望者Xの要望に合わせるために費用をかけたのにもかかわらず、契約締結に至らなかったため、売主がXに損害賠償を求めた事件がありました。最高裁は、Xに「契約準備段階における信義則上の注意義務違反」があったとし、一部の損害賠償を命じました(※3)。契約交渉の不当破棄が認められた事例です。

もちろん、契約準備段階では契約交渉から離脱できることが大前提です。

そのため契約の成立が確実であると相手方が信じるような状況となったにもかかわらず、不当に契約締結をしなかったような例外的な場合に、不当破棄による損害賠償が命ぜられることとなります。

業務委託、特にアウトソース契約を題材に整理してみましょう。アウトソース契約を新たに締結する際に、受託者側企業に必要となる設備について、委託者側企業が過度に早急な確認を契約締結前に求めたとします。

受託者側企業が、契約締結を当然のことと期待して設備投資した後に、委託者側企業が一方的にこの交渉を破棄すると、誠実交渉義務に反するということとなります。

逆に、受託者側企業が契約締結前に、アウトソースする業務内容について委託側企業に業務の縮小を示唆し、委託者側企業が人員の再配置などしてその業務を実際に縮小したとします。

その後、受託者側企業が一方的にアウトソース契約の交渉を破棄すると、業務縮小した委託側企業に損害が発生しかねません。この損害賠償が問題となると、受託者側企業が誠実交渉義務に反して一方的に交渉を破棄したか否かが重要な論点となります。

どちらの事例でも、誠実交渉義務に反すると認定されてしまうと、相手側に生じた損害を賠償する責任が生じます。

このため、契約交渉時に相手方が過度な準備や投資をしないよう、契約締結の可能性の有無を適時に知らせておくことが、紛争リスクの回避に重要となってきます。

 

(2)情報提供義務(※4)

民法の特別法である消費者契約法の4条2項は、「重要事項について消費者の不利益となる事実を故意に告げなかった」場合、一定条件下、消費者がその契約を取り消すことができると規定しています。この規定が導入された後、例えば不動産の賃貸物件の紹介で、その物件が殺人事件の現場となったことなど、事故物件の詳細情報がより多く公開されるようになってきました。

B to Bでは消費者契約法ではなく、民法の適用となります。今回の改正では、情報提供義務は明文化されませんでした。しかし、情報提供義務を認める判例・学説は通説であり、隠れたルールとなっています。

明文化されなかった分、かえって適用範囲が不明確ですが、民法改正に至る中間試案第27の2(第121頁)に、条文に近い形での整理がなされたため参考となるでしょう。例えば、「当事者の一方がその情報を知っていれば契約締結しなかったと認められ、かつ、相手方がその情報を知ることができた」場合に、損害賠償責任が生じる可能性があります。

業務委託契約、特にアウトソース契約との関係では、アウトソーサーと呼ばれる受託側企業は、その専門的知見から当然に予見できるメリット・デメリットについて、委託企業に伝えておくべき情報提供義務があります。

逆に、委託側企業もある情報について「受託側企業が知っていれば契約締結しないだろう」という局面で、その情報を伝えずにアウトソース契約を締結すると、その後の展開によっては情報提供義務違反が問われる可能性があります。

この誠実交渉義務や情報提供義務は、誤解による契約締結を少なくしていくことに役立ちます。値段分の価値がある商品やサービスを手に入れる契約締結を導くには、この「隠れたルール」はとても役立ちます。

誠実交渉義務や情報提供義務という契約交渉段階での隠れたルールが、ビジネスパーソンの一般的知識になると、誤解の少ない契約締結が促され、その結果、紛争リスクが軽減されていくでしょう。

 

 

※1 下記参考文献(6)契約編p.88。事情変更の原則の明文化が、濫用懸念の指摘で実現しなかったことを一例に、これに限らず、濫用懸念という意見の背後にある実質的理由の研究が示唆されています。

※2 下記参考文献(6)契約編p.34。請負人の告知義務違反について、誠実義務に欠く、とする文献もある(内山尚三=山口康夫『請負 叢書民法総合判例研究』p.198)。

※3 最判昭53・5・29判時1137-51、下記参考文献(3)道垣内pp.228、下記参考文献(6)契約編p.34、下記参考文献(2)潮見p.4

※4 下記参考文献(6)契約編p.36-37, 委任の受任者につきp.160。下記参考文献(3)道垣内pp.231-233

 

(1)債権法改正の基本方針 内田貴『債権法の新時代』(2009.9,商事法務)
基本方針の概要、諸外国の民法改正の動向に対する危機感などがわかりやすく説明されています。

(2)債権法改正の基本方針 潮見佳男『基本講義 債権各論〈1〉契約法・事務管理・不当利得』(2009.12,第2版,新世社)。
通説の代表的教科書で、本文中で適宜「債権法改正の基本方針」(民法(債権法)改正検討委員会の試案)の方向性について言及されています。

(3)中間試案 道垣内弘人『リーガルベイシス民法入門』(2014.1,初版,日本経済新聞社)
民法の入門書ですが、改正前民法の論点や通説を紹介したうえで、中間試案の方向性がコラム的に紹介されています。

民法への明文化が断念された中間試案についても、条文に近い形で記載されているため、「隠れたルール」を把握する際にも有用です。

(4)中間試案 中田裕康『債権総論』(2013.8,第3版,岩波書店)
債権総論の教科書で、中間試案の内容が紹介されています。

(5)民法(債権関係)改正法案 潮見佳男『民法(債権関係)改正法案の概要』
逐条的に改正法案の条文と解説が紹介されています。立法担当者よりも一段深い法解釈が示され、条文の書きぶりについて、立証責任との関係での意味なども紹介されています。

(6)民法(債権関係)改正法案 大村敦志『新基本民法 債権編・契約編』(2016.7,初版,有斐閣)
4債権編と、5契約編は別の書籍です。文献紹介も詳しい民法の入門書で、通説と論点が紹介されたあと、改正法案が紹介されています。改正法の条文番号は案○条なっています。

 

ライタープロフィール

鈴木 健治

鈴木 健治

弁理士・経営コンサルタント

特許事務所ケイバリュエーション 所長 ・経済産業省産構審小委員会の臨時委員、(財)知財研 知的財産の適切な活用のあり方に関する委員会委員、日本弁理士会中央知財研究所 知財信託部会の研究員などを歴任。 ・平成18年信託法改正時に法制審議会信託法部会を傍聴し、日本弁理士会での信託法改正に関するバックアップとなる委員会の委員長を務める。 ・著書に「知的財産権と信託」『信託法コンメンタール』(ぎょうせい)、論文に「知材重視経営を支えるツール群に関する一考察(月刊パテント)」などがある。 ・お取引先の要望に応じて、市場調査、ブランディング、従業員意識調査の統計分析などのコンサルティング業務も手掛けている。中小企業診断士が主体の「知的資産経営(IAbM)経営研究会」会員。 公式サイト:http://kval.jp/