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2017.09.05 掲載 2023.11.16 更新

民法(債権関係)改正の実務への影響vol.6「合意重視」の視点で改正された債権法(民法)と、アウトソース契約への影響

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■損害賠償責任が正当化される理由

契約締結後、仕事をする過程で当初の見込み通りにならず、損害が発生することがあります。その損失の一部又は全部を自社が負うのか、それとも契約をした相手方が負うのか簡単に決着つかない局面もあります。
損害賠償責任があるかどうか、そして責任がある場合に損害額はいくらなのか、紛争となると、最終的には裁判で争われます。
ところで、「国家の判決によって損害賠償の支払いを命じる」という大変に強制的な仕組みは、どのような理由で正当化されているのでしょうか。
近代社会では自力救済が禁止されているため、損害の取り立てを暴力的に行うとか、威圧的な反社会的勢力に取り立てを依頼するといったことはできません。
損害賠償額の認定や取り立てについては、自力救済ではなく、国家による裁判手続とすることにより、近代社会の自由・平等などの理念に沿った経済社会を実現させているのです。
だからこそ、国家が損害賠償を強制的に命ずる仕組みについて、近代社会の理念に沿った正当化理由が必要です。「人や法人の行動は自由であるのに、なぜ損害賠償が強制されるのか」という問いです。
 

■伝統的な民法学での考え方

民法学の伝統的な考え方では、2種類の理由が採用されていました。
1つめは、「過失があるから」です。
「損害賠償をする責任が生じたのは、損害を与えた者に過失があったからだ」という理解です。従って、契約通りの仕事がなされない「債務不履行」があっても、過失がなければ損害賠償責任が発生しないこととなります(※1)。
「人の行動は自由だけれども、過失によって相手方に損害を与えたならば、その損害を賠償しなければならない」という考え方です。
 
2つめは、「瑕疵があるから」です。
取引する物がその一般的性質を満たさない場合に、損害賠償を請求することができました(改正前の民法570条,566条, 634条)。
「瑕疵のない物(売買の対象物や、請負で納品する完成品)を納品する義務があるのに、瑕疵があったならば、その損害を賠償しなければならない」という考え方です。
この伝統的な考え方は、どちらも、一般的な水準との比較で、過失や瑕疵を検討する点に特徴があります。
 

■損害賠償責任に関する改正民法のパラダイム変換

改正民法では、理論面でのパラダイム変換がありました。一般的な水準は重要ではなくなり、契約での「合意内容」が重要となりました。
潮見佳男教授は、次のように解説しています(※2)。
 

“契約上の債務につき、債務者の行動自由の保障を基礎に据えた過失責任の原則は、もはや損害賠償責任を正当化する原理としての地位を滑り落ちる。それに代わって、ここでは、契約の拘束力を損害賠償責任の正当化原理として基礎に据え「債務の本旨に従った履行をしなかった債務者は、契約を守らなかったことを理由に、債権者に生じた損害を賠償する責任を負わなければならない」と言うのが適切である。”

 
このため、過失がなかったときに免責されるのではなく、「契約において想定されておらず、かつ、想定されるべきものでもなかったとき」に免責されます。つまり、契約時に想定外の結末については、契約の拘束力を理由として損害賠償責任を正当化することができないのです。
よって「債務不履行のリスクをどちらが負担すべきか」という議論となり、契約において想定されたか、想定されるべきであったか否かが重視されます。契約において想定されるべき内容は、「契約は守らなければならない」という規範の範囲内です。債務不履行による損害賠償責任が生じる一方、契約において想定しえない内容は、「契約は守らなければならない」というルールにおいて契約を守っているので、損害賠償責任から免責されることとなります。
このように改正民法では、一般的水準との比較での「過失」ではなく、合意重視なのです。取引に関する様々なことを想定し、合意をした内容を基準として、合意という契約の拘束力に基づいて損害賠償責任が生じます。契約を守っていれば、契約時に想定外であったことに対する損害賠償責任は負わないのです。
 


 
改正後の民法415条1項ただし書きの解釈は、債務不履行による損害賠償責任の「免責の可否が契約の趣旨に照らして判断されるべきものであって「帰責事由=過失」を意味するものではないことを明らかにしたものである(部会資料68A・6頁過失責任原則の否定)」ということなのです(※3)。
「債務者の責めに帰すべき事由」(改正後の民法415条1項)は、「債務者がそのリスクを負担すべきであったと評価できないような事由」を意味する言葉となりました。この言葉に、「契約の趣旨に照らして」との判断基準が負荷されたことで、「契約の具体的事情を離れた抽象的な故意過失等を意味するなどといった解釈を封ずることができる」と考えられています(※4)
同様に、瑕疵担保責任という考え方は廃止されました。これに代わり、契約不適合の概念で統一され、瑕疵担保責任という特別の損害賠償責任ではなく、「契約に適合していないという債務不履行による損害賠償」に一元化されました。
例えば、売買で契約不適合が発生した際の責任は、民法改正後、債務不履行責任であることが明文化されました(改正後の民法564条,契約責任説の採用)。
請負の完成物に関する瑕疵担保責任も、契約不適合責任に改められ、債務不履行責任に一本化されました。条文の構造としては、瑕疵による損害賠償責任が定められていた改正前の民法634条が削除され、売買に関する改正後の民法564条が改正後の民法599条により請負に準用されます(※5)。
このように潮見教授の解説によると、改正された民法は理論的にスッキリし、状況ごとの個別ルールを廃して、一元的・一貫性の高いルール構成となりました。特に、合意重視(契約時の想定範囲の重視)により、債権者・債務者の権利義務が整理されたのです。
もちろん、合意重視・契約重視の解釈論は民法改正前からの有力学説で、改正によって変化した部分は実際には小さいともいえます。
とはいえ、売買・請負などの全体について、合意重視の正当化により債務不履行責任に一元化されたことは、ビジネスでの予見可能性を高め、契約交渉の重要性を再確認する優れた改正であったと評価できます。
この法改正は、規格品を大量生産する時代から、顧客満足重視の経営に進化してきた経済社会の現況に、民法学が適応してきた成果とも言えます。一般的水準での過失や瑕疵ではなく、個別の合意(顧客満足)が重要なのです。顧客満足に直結する合意内容を基準として、損害の発生や責任がより直接的に議論されることとなります。
 

■アウトソーシング契約への改正民法の影響


上述のように、損害賠償の正当化理由にパラダイム変換がありました。例えば、アウトソーシング契約に対して、どのような影響があるでしょうか。
今回の民法改正では、売買・請負・準委任などの典型契約自体を増加させる改正はありませんでした。したがって、アウトソースのための契約は、売買・請負・準委任などをモデルとして解釈されます。
まずアウトソーシング契約による個別の仕事について、それが売買なのか請負なのかを細かく区別しなくとも、損害賠償責任に関するルールが一元化されたため、無理に典型契約に合わせた契約をする必要が薄れました。
例えば、全体としては請負的な契約だが、納品すべき完成品の一部は単なる販売(売買)となるような契約について、「売買部分と請負部分で債務不履行に関するルールが統一されたため、リスクに関する予測をしやすくなる」ということです。
「契約が守られなかった際の損害賠償責任」は、合意重視となります。したがって、どのような目的でアウトソースをするのか、受託側企業(アウトソーサー)の強みを委託者側企業がどう活用することで委託者側企業の満足につなげるかが明確であると、損害賠償責任の範囲も明確となっていきます。
例えば、経理事務に関するアウトソースでも、経費削減を目的としているのか、管理会計のレベルアップを目的としているのかで、「契約が守られなかった際の損害賠償責任」が変化していくこととなります。管理会計のレベルアップが目的であれば、日々の経理事務の遅延には重要な意味が生じますが、経費削減が目的の場合、給与や決算に間に合うのであれば形式的な遅延に重要な意味はありません。
物流のアウトソースでも、納期期間の短縮による顧客満足向上をアウトソース契約の目的としているのか、倉庫の稼働率を高め固定費を削減することを目的としているのか、物流に要する人材を別のコア業務に注力してもらうことが目的なのかで、「契約が守られなかった際の損害賠償責任」が変化していくこととなります。
アウトソース契約を締結する際に、双方が契約をするビジネス上の目的を明確にすることで、損害賠償責任の範囲が明確になります。それによって、仕事を進める指針をより適切で強固なものにしていくことができるのです。
つまり「契約が守られなかった際の損害賠償責任」は、一般的な水準との比較における過失や瑕疵とは無関係となり、契約で約束をしたことこそが、損害賠償責任を正当化する理由となったのです。この民法学の発想の転換は、少しずつ、ビジネスにより良い影響をもたらしていくでしょう。
 
※1 下記論文(7)潮見p.4の注5の文献群、pp.6-7のドイツ民法理論の学説継受による有責性の理論で、民法709条と共通のサンクションと整理されていた。1990年代から、契約責任論が展開され、損害賠償責任の発生根拠は過失ではなく契約である、とする理解が広まった(同p.7)。
※2 下記論文(7)潮見pp.8-9
※3 下記参考文献(5)潮見編p.60
※4 下記論文(7)潮見p.15
※5 下記参考文献(5)潮見編p. 284-285
 
(1)債権法改正の基本方針 内田貴『債権法の新時代』(2009.9,商事法務)
基本方針の概要、諸外国の民法改正の動向に対する危機感などがわかりやすく説明されています。
(2)債権法改正の基本方針 潮見佳男『基本講義 債権各論〈1〉契約法・事務管理・不当利得』(2009.12,第2版,新世社)。
通説の代表的教科書で、本文中で適宜「債権法改正の基本方針」(民法(債権法)改正検討委員会の試案)の方向性について言及されています。
(3)中間試案 道垣内弘人『リーガルベイシス民法入門』(2014.1,初版,日本経済新聞社)
民法の入門書ですが、改正前民法の論点や通説を紹介したうえで、中間試案の方向性がコラム的に紹介されています。
民法への明文化が断念された中間試案についても、条文に近い形で記載されているため、「隠れたルール」を把握する際にも有用です。
(4)中間試案 中田裕康『債権総論』(2013.8,第3版,岩波書店)
債権総論の教科書で、中間試案の内容が紹介されています。
(5)民法(債権関係)改正法案 潮見佳男『民法(債権関係)改正法案の概要』
逐条的に改正法案の条文と解説が紹介されています。立法担当者よりも一段深い法解釈が示され、条文の書きぶりについて、立証責任との関係での意味なども紹介されています。
(6)民法(債権関係)改正法案 大村敦志『新基本民法 債権編・契約編』(2016.7,初版,有斐閣)
4債権編と、5契約編は別の書籍です。文献紹介も詳しい民法の入門書で、通説と論点が紹介されたあと、改正法案が紹介されています。改正法の条文番号は案○条なっています。
(7)潮見佳男「債権法改正と「債務不履行の帰責事由」」法曹時報,第68巻,第3号,2016年3月1日発行
(8)潮見佳男「売買・請負の担保責任-契約不適合構成を介した債務不履行責任への統合・一元化-」NBL,No.1045,2015年3月1日発行
 

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ライタープロフィール

鈴木 健治

弁理士・経営コンサルタント
特許事務所ケイバリュエーション 所長 ・経済産業省産構審小委員会の臨時委員、(財)知財研 知的財産の適切な活用のあり方に関する委員会委員、日本弁理士会中央知財研究所 知財信託部会の研究員などを歴任。 ・平成18年信託法改正時に法制審議会信託法部会を傍聴し、日本弁理士会での信託法改正に関するバックアップとなる委員会の委員長を務める。 ・著書に「知的財産権と信託」『信託法コンメンタール』(ぎょうせい)、論文に「知材重視経営を支えるツール群に関する一考察(月刊パテント)」などがある。 ・お取引先の要望に応じて、市場調査、ブランディング、従業員意識調査の統計分析などのコンサルティング業務も手掛けている。中小企業診断士が主体の「知的資産経営(IAbM)経営研究会」会員。 公式サイト:http://kval.jp/

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