民法(債権関係)改正の実務への影響vol.8「【発注企業向け】業務委託・アウトソーシングによるリスク回避方法の説明」
■業務委託契約と民法の「請負」
「業務委託」や「アウトソーシング」は、ビジネスの現場で使用されている契約類型で、対応する民法で基本形は「請負」です。民法632条によると、請負は、請負人が仕事を完成させることを約束し、発注者がその仕事の結果(成果物)に対して報酬(請負代金)を支払うという契約です。
この請負の法的性質は、物を製作して完成させるまでが請負的で、完成後の引き渡しは売買的とする混合契約説が支配的です(※1)。
つまり、請負人は「物の製作義務(仕事の完成義務)」と「この製作物(成果物)を引き渡す義務」を有します。請負人が持つ仕事の完成義務には、仕事の成果を実現する保証が含まれます。この点で、委任や雇用と異なります(第4回参照)。
今回の民法改正では、売買と請負とで混在していた瑕疵担保という概念が「契約不適合」という概念で統一されました。一般的水準ではなく、当事者の合意をより重視した改正です(第6回参照)。
この契約不適合に関する法律関係(権利義務関係)は、債務不履行という枠内で評価していくようになりました。(民法564条)。
これらの整理の結果、従来の請負に関する関連規定が削除され、「債権に一般的な規定や売買の規定を、請負で準用する」というスッキリした構成となりました。
例えば、請負への準用としては、追完請求権(民法562条の準用)、報酬減額請求権(民法563条の準用)、債務不履行による損害賠償請求権(民法415条以下の適用)、解除(民法541条以下の準用)、危険負担(民法567条の準用)などがあります。
■請負の6つのビジネス・リスクと、改正民法の内容
業務委託契約の請負となる部分については、6つのビジネス・リスクがあり、それぞれの対応を考える必要があります。ここでは、例題を交えて説明します。
[1] 請負の仕事が完成していない
[2] 請負の仕事が一部しか完成していない
[3] 請負の仕事に不具合(契約不適合)があった
[4] 請負の仕事の数量が足りない
[5] 完成品が天災などで消失した
[6] 委託企業の行動に原因があり不具合が発生した
[1] 受託企業の仕事が完成していない
当初の受託企業A社が仕事を完成させない場合に、異なる企業B社に発注するには、A社への発注を「なかったこと」にしたいはずです。A社への発注を取りやめて、新たにB社に発注することで、ビジネスを遂行させようという訳です。
契約後に、A社への発注を「なかったこと」にするには「契約の解除」という制度を使います(予め、契約時に解除に関する特約をしておくと、その特約が有効です)。
民法が準備している解除の規定は、次の2種類です。
a.相当の期間を指定して、完成を催告(さいこく)し、なお納品されない場合に契約を解除できる「催告による解除(民法541条)」
b.納期が重要な契約で、その納期を過ぎて納品がない場合などに、催告不要で契約を解除できる「催告によらない解除(民法542条)」
また、完成しているか否か、あいまいで、争いがある場合には、契約不適合に対する救済の問題となります。なお、国会の法務委員会での審議にて、解除に関する541条は改正されましたが、継続的な契約については「解除が制限される」という答弁があります。
継続的な契約の解除には信頼関係の破壊を必要とするなど、従来の判例の考え方は改正後も変わっていないことが、明らかになっています(質問枝野委員、答弁小川政府参考人,第192回国会 法務委員会 第16号(平成28年12月13日(火曜日))。
[2] 受託企業の仕事が一部しか完成していない
顧客満足度を高める製品開発を目的として、アンケートの実施・集計及び統計分析を業務委託した際に、集計までしか終わっていない場合、仕事の成果は一部のみとなります。
この場合、契約不適合に対して救済を受けることができます。
[3] 受託企業の仕事に不具合があるとき
請求書の処理代行を依頼した際に、請求書の表記が契約通りになっていない場合に、請負の仕事(成果物)に不具合が生じたことになります。
この場合も、契約不適合があるとして、その救済を受けることができます。
[4] 請負の仕事の数量が足りない
オフィスの新設を目的として、情報システムの整備を業務委託したのに、人数分の情報機器が揃わなかった場合、契約不適合があるとして、その救済を受けることができます。
[5] 完成品が天災などで消失した
完成品が天災などで消失した場合も契約不適合ですが、危険負担という制度が用意されています。
仕事の成果物が「請負人に責任のない事由」(民法567条,※2)で、アウトソーシングの成果物(請負の成果物)がなくなり、または傷つくなど価値が低下したとき、どちらがそのリスクを負担するかは、引き渡しの前後で変わります。
引き渡し前に、天災などで成果物がなくなった場合であっても、請負人は仕事を完成させる責任があります。一方、引き渡し後に成果物がなくなった場合、発注者は、成果物がなくなっても代金を支払う義務があります(民法567条1項)。引き渡し後には、成果物を管理するリスクが(発注者)に移転するということです。
ただし、いくつか例外があります。(請負人)から完成したので納品したいという連絡を受けたのに、発注者が受け取らなかったとします。この受け取らなかった期間に、天災などで成果物がなくなってしまうと、(発注者)は成果物を一度も手にしていなくとも、代金を支払う義務があるのです(民法567条2項)。
[6] 発注者の行動に原因があり不具合が発生した
不具合が、(発注者)の指示や非協力に原因がある場合、解除や報酬減額請求は認められません(民法543条、民法562条第3項)。
発注者に過失があった場合には、裁判にて、損害の発生や額の認定に際して発注者の過失が参酌されます(民法418条)。
■請負となる業務委託契約での「納期の定め」が持つ意味
契約に際して、請負のビジネス・リスクを想定しながら納期を定めると、賢い契約とすることができます。また、納期の意味は、2つあります。
[1] 催告や追完請求なしの救済
契約の目的との関係で、納期を定めておくと、納期経過後には、契約不適合に際して、催告や追完請求など事前の手続きをせずに、直接に解除や報酬の減額を請求することができます(民法542条4項,民法563条2項3号)。
請負に関しても、特定の日時(納期)を定めておくことで、催告などの追加の期間を必要とせずに、仕事の未完成や不適合に対して、解除や代金減額請求などの救済を受けることができます。
納期との関係について、京都大学大学院法学研究科長の潮見教授は、「知人の結婚式で贈呈するブーケを注文したような場合」を、催告を必要とせずに解除ができる例としています(※3)。
契約を解除すると、他の事業者にブーケを注文できます。ただ、結婚式の直前を「納期」としていると、他の事業者に頼んでも間に合いません。ですので、納期は特約がない場合、念のため他の業者に発注しても、間に合う時期としておくと安心です。
業務委託との関係では、決算日・新商品の発売日・業務の開始日など、重要な日程との関係で、経理・イベント事務局・IT関連のアウトソーシングをする場合、これらの目的と納期の関係を明確にしておくと、委託企業・受託企業ともに仕事すべき内容が明らかとなり、救済も素早くなります。
また、納期が過ぎていなくとも、契約の目的と納期が契約時に明確であれば、納期が近づいているのに一定の仕事がされていない場合に、解除できるとしています(民法542条1項5号,民法563条2項4号)。
契約の目的(日取りが確定している知人の結婚式での贈呈)が契約時に明確であれば、納品がされない場合や、納品がされない可能性が高い場合に、解除がしやすくなります。
業務委託では、単品の製造ほど単純ではありませんが、解除を見越して余裕のある納期を設定し、この納期と委託企業の事業目的との関係を明確にしておくと、請負のビジネス・リスクを低減することができます。
[2] 請負の管理リスク(危険負担)を引き受けられる時期
請負の成果物に対する天災や事故などの管理リスクは、引き渡し時を基準に定まります。また、納期を過ぎて受領をしないと、引き渡しがなくとも、管理リスク(危険負担)が発生することになります。
このため、発注者は、成果物を管理できるような環境になる時点を、納期とすべきです。例えば、業務委託契約で何らかのデータの請負で、(発注者)にデータのバックアップ体制が構築されていない時期に納期を定めてしまうのではなく、バックアップ体制が構築される日時より後の時期としておけると、データの管理リスクを低減することができます。
このように、請負の完成品に関する納期の前後で、成果物の管理リスク(危険負担)が変化するため、発注者側で成果物を管理できる体制が構築されているかの確認や見通しを認識した上で、納期を調整すると、請負に関するビジネス・リスクを低減することができます。
■業務委託の民法改正のビジネスへの影響
業務委託の民法改正は、従来の判例の考え方を明文化したり、複雑であった部分を通説的な学説で整理したものであるため、民法改正のビジネスへの影響は小さめです。
とはいえ、若干の対応は必要となるでしょうし、この機会に色々な見直しをすることも考えられます。
例えば民法改正を受けて、アウトソーシングに関する標準的なルールを定めていくことも有用でしょう。建設請負契約では、民間工事請負約款(旧四会連合工事請負約款)などがあり、運送業界でも特別な約款が活用されています。業界団体の自主ルールとしては、例えばクリーニング業界では、クリーニング業に関する標準営業約款があります。
アウトソーシングについても、業界と顧客の意見を集約した標準的な契約書のモデルがあると、アウトソーシングの予見可能性を高め、ビジネス・リスクを低下させ、本業により多くのコストを振り向けることに集中できます。
業務委託の委託先を選ぶにも、改正民法の知識を用いると、次のような整理ができます。
[1] 委託企業が業務委託をしようとする「契約の目的」を理解し、尊重してくれる(第2回 契約の目的,第6回 合意重視)
[2] 業務委託の報酬の内訳が明確である(第7回 報酬)
[3] 納期の定めに柔軟に対応してもらえる(第8回(本稿) 納期)
[4] 相談の開始から、見積、契約締結までの手続きが丁寧で信頼感がある(第5回 契約締結過程の責任)
[5] 定型約款がある場合、定型約款へのアクセスがしやすいか(第3回 定型約款)
これらの視点でのチェックは、業務委託先を選定するだけでなく、ビジネスの取引先を選別する際にも有用です。
民法の知識を紛争後のことだけでなく、紛争の発生防止や、より公正な取引の実現などにも、活用していってください。
※1 下記参考文献(7)潮見[2017]p.242
※2 下記参考文献(7)潮見[2017]p.253 条文上「当事者双方の責めに帰することができない事由」ですが、引き渡し後に委託企業(注文者)の責めに帰すべき事由による滅失・損傷は、救済を受けられないため、本条が意味を持つのは、請負人の責めに帰することができない事由での滅失・損傷に限られます。
※3 下記参考文献(7)潮見[2017]p.57
参考文献
(1)債権法改正の基本方針 内田貴『債権法の新時代』(2009.9,商事法務)
基本方針の概要、諸外国の民法改正の動向に対する危機感などがわかりやすく説明されています。
(2)債権法改正の基本方針 潮見佳男『基本講義 債権各論〈1〉契約法・事務管理・不当利得』(2009.12,第2版,新世社)。
通説の代表的教科書で、本文中で適宜「債権法改正の基本方針」(民法(債権法)改正検討委員会の試案)の方向性について言及されています。
(3)中間試案 道垣内弘人『リーガルベイシス民法入門』(2014.1,初版,日本経済新聞社)
民法の入門書ですが、改正前民法の論点や通説を紹介したうえで、中間試案の方向性がコラム的に紹介されています。
民法への明文化が断念された中間試案についても、条文に近い形で記載されているため、「隠れたルール」を把握する際にも有用です。
(4)中間試案 中田裕康『債権総論』(2013.8,第3版,岩波書店)
債権総論の教科書で、中間試案の内容が紹介されています。
(5)民法(債権関係)改正法案 潮見佳男『民法(債権関係)改正法案の概要』
逐条的に改正法案の条文と解説が紹介されています。立法担当者よりも一段深い法解釈が示され、条文の書きぶりについて、立証責任との関係での意味なども紹介されています。
(6)民法(債権関係)改正法案 大村敦志『新基本民法 債権編・契約編』(2016.7,初版,有斐閣)
4債権編と、5契約編は別の書籍です。文献紹介も詳しい民法の入門書で、通説と論点が紹介されたあと、改正法案が紹介されています。改正法の条文番号は案○条なっています。
(7)改正法成立後 潮見佳男『基本講義 債権各論〈1〉契約法・事務管理・不当利得』(2017.6,第3版,新世社)。
文献(2)の改正法対応版です。
(8)改正法成立後 道垣内弘人『リーガルベイシス民法入門』(2017.6,第2版,日本経済新聞社)
文献(3)の改正法対応版です。
その他、2017年5月の改正法成立を受けて、続々と新刊が刊行されています。